吉田 鋼市の

​第5回 鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム
   (旧・神奈川県立近代美術館本館)

 2019年6月に、かつての神奈川県立近代美術館本館が「鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム」としてリニューアル・オープンした。神奈川県が鶴岡八幡宮から借りていた敷地の返還に伴うもので、本来は更地にして返還するべきところを、県がこの本館を県の文化財に指定し、八幡宮がそれを保存活用することに同意してオープンに至ったものである。さらに2020年10月に、本館が国の重要文化財に指定される旨の報道もされた。まずは、大変喜ばしいことである。もっとも、保存されたのは1951年創建の当初部分だけで、1966年の増築部は取り壊された。

 いうまでもなくこの本館は、日本のモダニズムの戦後建築の先頭を駆けた記念碑であり、国立近代美術館に先んじる公立の近代美術館の先駆でもある。設計は坂倉準三、谷口吉郎、前川国男、山下寿郎、吉村順三の五者による指名コンペをかちえた坂倉準三建築研究所で、施工は馬淵建設。取り壊された増築部の設計も坂倉準三建築研究所で、坂倉には珍しいミース調の作品だった。少し離れたところに1984年に建てられた別館(大高建築設計事務所の設計)は、鎌倉別館として健在。なお、本館は2003年に葉山館(佐藤総合計画の設計)ができてからは鎌倉館本館となっている。本館が「鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム」となる際の改修設計は丹青研究所で、設計協力が坂倉建築研究所、施工が竹中工務店。指定文化財の改修には、文化財修理の専門的な機関が関わっていることが通常であるが、これはそうではない。文化財の修理も特殊な専門家の事業ではなく、誰もがやるべき普通の仕事になりつつあることを意味するであろうか。

 さて、今回の改修でどう変わったか。まず、入り口が逆の八幡宮側になった。2階がなんの変化もないのっぺりした壁面側が入り口になったわけだが、かつて本館と増築部をつなぐ通路のとっつき部分が新たな入り口になっただけで、まあそれほど不自然だともいえないかもしれない。本来の入り口側の発券窓口もそのまま残されている。1階部分の大谷石積みの壁は、かなりの部分が取り換えられたが、これは壁の鋼板による耐震補強で旧材の一部が使えなくなったためらしい。当初材よりもやや赤みのかかった大谷石が用いられているので、容易に見分けがつく。2階の壁材は、当初はアスベストボードだったらしいが、これはかつての修理の際にすでに取り換えられており、今回またすべて繊維強化セメント板に取り換えられたという。前のものよりもなんとなく光沢が増して渋さが減じたような気もするが、これも失われたものに対する単なるノスタルジアにすぎないかもしれない。

 今回の改修でよくなったところもある。1968年以来撤去されていた展示室のトップライトが復元され、その連続するプリズム形のオリジナルの外観がもどった。ただし、復元は形だけでトップライトとしては用いられていないという。平家池の周囲にも遊歩道が整えられ、この建物があちこちから見られるようになった。もっとも、この建物がなにか神々しい存在になったようで、少し面映ゆい感じがしないでもない。

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平家池からの外観。左の側面がもともとの入り口側。

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本来の正面側外観。

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この支柱には緑が塗られている。左の壁面が赤みがかった新材の大谷石、奥の方がオリジナルらしき大谷石。

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中庭の外観。右奥の黄色の窓の部分は、かつて喫茶室だった。

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内部階段。まさにル・コルビュジエ調。

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新しい玄関側外観。2階の壁面がのっぺりしていて単純なボックスに見える。

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本来の入り口。2階の屋根の支柱に塗られた赤が鮮やかに蘇った。

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平家池側の一階部分。池の礎石から支柱が立ち上がる。

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中庭に下りる階段の手摺り。もちろんオリジナルの材料であろう。

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復元されたプリズム形のトップライト。