吉田 鋼市の

​第13回 Hotel K5

 東京の日本橋兜町に不思議なホテルが 2020年2月にオープンした。ホテルであることを示す大きな表示はないし、外観も地味で、ゴージャスな宿泊施設というのでは全然ない。ドアを開けるといきなりフロントで厳めしい構えもまったくない。しかし、屋内には緑が溢れ、クールでラフなインテリア製品に取り囲まれる感がする。その名もシンプルに「K5」であるが、これは「兜町第5平和ビル」の「兜町」のイニシャルと「第5」を合わせたもの。ホテルだけでなく、レストランやバーもあるのでMicro Complex K5とも称されているが、主体はあくまでもホテルである。

 オーナーの平和不動産がこのビルを所得したのは2015年のことらしく、もともとは1923年創建の第一銀行の別館であった。鉄筋コンクリート造4階建て地下1階。向いは東京証券取引所であり、金融街兜町の中枢に位置している。設計は西村好時で施工は清水組。西村は清水組を経て第一銀行に入った銀行建築のスペシャリストとして知られる。平和不動産がこれを取得した際には、正面ファサードには全面的に鋼板が張ってあったとのことで、その鋼板を張るためのビスがいまもたくさん見ることができる。つまり、ファサードはすでに改変されていたわけで、本来のファサードの姿は、むしろ裏面のいまは首都高速となっている川側のファサードに残されており、もちろんそれもきちんと保存されている。

 まず、このビルの耐震補強工事の設計を三菱地所設計が行い、ショーボンド建設が施工、外壁改修の改修はSPEACが担当したとされる。その後の利活用法を託されたのがFERMENTで、これは Backpacker’s JAPAN とMedia Surf CommunicationsとIn Situ JAPANという三つの会社が共同で新しく作った会社。それらは日本の会社であるが、名前も横文字だし、もともとから世界を対象に考えているようである。そして施設の利活用の設計を行ったのがClaesson Koivisto Rune (C.K.R)というスウェーデンに本拠を置く建築事務所で、この事務所は建築のみならずインテリアや家具やテキスタイルのデザインも行っており、建築設計事務所ではなくデザインユニットと呼ばれるらしい。それに日本の地元建築家としてADXが加わっている。ADXというのは福島県二本松市に本拠を持ち、東京にもオフィスをもつ建築設計事務所。そして施工もこのADXが行っている。横文字の名前ばかり出てきて面食らってしまうが、これらの会社は古い権威やしきたりにはわずらわされずに世界を相手として仕事をしているということであろうし、どこに本拠を置くかはさしたる問題ではないことになっているのかしれない。そして、このホテルを利用する人々も、軽々と国境を移動し、自らの感覚によって生活をしている人々なのかもしれない。 

 さて、その改修であるが、耐震補強を除けば、いかにも修理したという感じがないようにきれいになりすぎることなく、ともかく自然に行われている。外壁も欠損や窪みもそのままにされ、内部の腰壁に使われている煉瓦の壁もむき出しになっている。まるで、それが保存活用の当然の姿であるかのように。 

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全体外観。少し殺風景。左側に少し写っているのが東京証券取引所で、右側は首都高速道路。

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ホテル入り口。「K5」という小さな文字版。濃く見えているのは影。壁面にピンがたくさん見られる。

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首都高速道路側の外観細部。この部分が最もよく当初の姿をとどめている。簡略化したクラシックからアール・デコへの移行期のディテール。

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ホテル客室のドア。ドアの表面には銅版が張られている。廊下も一直線にならずに少しうねって続いている。

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レストランの腰壁。煉瓦造で、上端もガタガタしたまま。

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正面外観。右端のほうにホテルの入り口がある。1階上部のコーニスも所々で途切れている。

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バーの入り口。ここは辛うじて装飾的な細部を残しているが、欠けた部分はそのままにされている

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ホテルの廊下。木質の間仕切りや椅子。ガラスや床の色になんとなく北欧の感じもする。

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レストラン。ともかく緑に溢れている。右端のコンリート柱は剥き出し。

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地下のバーの入り口にある階段親柱。踊場に自転車が置かれているのもオブジェとしてであろう。