吉田 鋼市の

​第17回 山梨市庁舎

 2003年に東京都の目黒区役所が、どう見ても区役所とは見えないもとの千代田生命保険の本社の建物に移って話題を呼んだ。1966年竣工の、池と茶室をもつ中庭まで備えた村野藤吾設計、大成建設施工の広大な建物を改修して引っ越したのである。この改修の設計は安井建築事務所で施工はフジタであるが、もともとオフィスビルだったせいか、増改築はそれほど大きくはないように思われる。件の中庭と茶室も存続していてかなり保存改修に近い。そこでここで取り上げるのは、工場建築を市庁舎に巧みに改築した例である。もとの建物の竣工も1970年と比較的新しく、保存というよりもまさにコンバージョンであるが、まるで当初から市庁舎として建てられたかと思わせるすばらしい転用ぶりである。それで、グッドデザイン賞(2010年)ほか、いくつかの賞が与えられている。

 それがこの山梨市庁舎。2008年の改築竣工で、設計はプロポーザルで選ばれた梓設計、施工はフジタ。当初の建物はNECのグループ会社の一つだった山梨日本電気の本社工場で、設計は石本建築事務所、施工は藤木工務店。竣工年はいくつかの棟があって簡単ではないが、先述のように1970年以降10数年かけて完成している。2002年に本社工場をセレスティカ・ジャパンに売却、本社は同じ山梨県内の大月工場に移る。そのセレスティカ・ジャパンも2004年にこの建物を閉鎖。折から周辺の町村を合併してもとの市庁舎が手狭になっていた山梨市が敷地を購入して(因みに建物はタダ)、既存の建物をコンバージョンして新市庁舎としたというわけである。

 工場棟は鉄筋コンクリート造の2階建てで、コの字型に配された大規模なものだったが、そのコの字の一辺だけを残して大きく改造。それを東館とし、西側にある鉄骨造5階建ての技術管理棟と呼ばれた建物をそのまま残して改修し、それを西館としている。この西館は当初からオフィスビルであったためか改修は比較的に少ないように思われる。それに対して、大きく改造されたのが工場棟のほうで、これは残された既存の建物の周囲を、新しいコンクリートの柱梁の同じく2階建ての高さのフレームがぐるりと取り囲んだ形となっている。このフレームは耐震補強の手段であるが、同時にこの素朴で華奢であったに違いないもとの工場の建物に一種の記念碑性を与えて、いかにも公共建築らしい雰囲気にしている。この新しいフレームの柱梁はプレキャスト・プレストレストコンクリート工法(PCa-PC工法)で施工されていて、工期の短縮や現場の環境負荷の軽減に大きく貢献したという。 

 外部がややモニュメンタルになったのに対して、内部は非常にシンプルで、かつて工場だった面影をいまも残している。東館は吹き抜けの部分が多く、天井も張らずに屋根材のような折板が剥き出しになっている。議会場を除いてあまり間仕切りもなく、オープンな雰囲気。100mほどしか離れていなかったという前の市庁舎(1966年竣工)も3階建て打ち放しコンクリートのブルータルな雰囲気の建物であったが、市民はこの東館には旧市庁舎と似たような感じを持ち、西館だけが増築されたと感じているかもしれない。なお、旧市庁舎は解体された。 

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全体外観。右側の2階建てが東館、左側の5階建てが西館。右隅に見えるのが当初の体育館棟でいまは防災倉庫として使われている模様。

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東館の階段のまわりの吹き抜けの空間。

南側外観。手前が東館で、奥が西館。

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東館の一部。黒い柱が当初の柱で、手前の柱が新設のフレーム。それをつなぐ梁もフレームの一部。

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南側外観。手前にシェルター付きの通路が新設されている。

東側外観。フレームの脇に植物を植えた鉄網パネルが設けられている。

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東館の新設のフレーム。柱は4.5m間隔で規則正しく建てられている。

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新設された通路から東館へのアプローチ。

東館の新設された軽快そうな階段。

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東館の剥き出しの天井。