吉田 鋼市の

​第18回 桐生市有鄰館

 いうまでもなく桐生は絹織物の街であり、のこぎり屋根の工場など繊維産業を支えた歴史的な建物がいまもいくつか存在している。それらの主だったものがある本町1丁目と2丁目全域と天神町1丁目の一部は、2012年に「桐生新町重要伝統的建造物群保存地区」に選定されて保存が図られている。たとえば、かつて金芳織物の工場であった1919年竣工ののこぎり屋根の煉瓦造の建物は、現在「ベーカリーカフェレンガ」という名のパン屋兼カフェとなっている。隣接するその工場の事務所棟だった昭和初期のライト風の建物も、現在「日美日美」という洋服のセレクトショップとなっており、そのまた隣の1931年竣工の和風の住居棟たる主屋も「自在庵」という名のレストランとなって活用されている。これらはすべて国の登録文化財となっており、のこぎり屋根の工場の耐震補強を施した改修後の空間もすばらしく、とりあげたい気に駆られるが、ここにとりあげるのは「桐生市有隣館」という名となったもとの醸造業の店である。

 もとの金芳織物の建物が重要伝統的建造物群保存地区の北端にあるのに対して、「桐生市有隣館」の建物は、その南端部にある。それは酒・味噌・醤油を醸造していたもとの矢野商店の本店で、幕末から昭和にかけて建てられた主屋・蔵など11棟からなる。それらは、もちろん重要伝統的建造物群保存地区の主要構成物件の一つでもある。1989年に本店が移転し、1992年に市が蔵群を借りて活用するための運営委員会を発足させ、「有隣館」と名付けられた。1994年にそれらの建物が市に寄贈され、同じ年に11棟のうち10棟が桐生市指定重要文化財となっている。

 主屋は伝統的な蔵造りの2階建ての店舗棟で、その竣工年が1916年。最も規模の大きいのが「煉瓦蔵」と呼ばれている煉瓦造の建物で、その竣工年が1920年。最も古いのが味噌蔵でこれは1843年の竣工。酒蔵は明治期の建物で、醤油蔵は1914年の竣工になるものという。これら11棟の建物が間口21間、奥行き60間のほぼ矩形の広い敷地の左右と奥に配されてそのまま存在を保っている姿は稀少。しかも改修活用ではなく、まさに保存活用で、建物にはあまり手が加えられていないことも魅力的。あまり手を加えられていないから、古く汚れた部分もそのままで、ホンモノ感が充溢している。ただし主たる建物には耐震補強が施されているようである。その耐震補強工事には地元の建築家や施工会社(地元の吉田組が少なくとも一部を担当していることが吉田組のホームページから知られる)が関わっているようだが、彼らの強い自己主張がなく、ひたすら現物を大事にするという姿勢がうかがわれる。悪く言えば、その場しのぎを続けてきたということでもあろうが、それが嘘臭さを奪っており、強いリアル感を漂わせて大変好ましい。

 店舗は、いまも「矢野園 喫茶 有隣」として使われているが、他の建物は芸術祭、コンサート、展覧会など様々なイベントに使われているようだ。訪ねた時にも酒蔵で美術系の学校の展示会が開催されていた。竣工が最も新しい故にまだ市指定文化財とはなっていないビール蔵(1973年竣工)の一部は、桐生の伝統的な人形劇を上演するからくり人形館として用いられている。

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正面(西側)全景。右側が主屋の店舗。その隣が店舗の蔵で、その向こうが煉瓦蔵。

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主屋の店舗と蔵のファサード。

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側面(南側)外観。いくつかの棟からなる長いファサード。

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煉瓦蔵。これがもっとも大きな建物で、建築面積431.1㎡

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煉瓦蔵の壁面詳細。欠けている煉瓦もあって、時間の蓄積をよく伝えている。

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店舗の内部。

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煉瓦蔵内部。所々に鉄骨の柱とブレースが見られる。

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煉瓦蔵内部。木造の小屋組みの下部に補強の鉄骨の梁とブレースが挿入されている。

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酒蔵で行われていた美術展。やはり鉄骨の柱と梁が挿入されているが、煉瓦蔵のものとは異なる。

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味噌醤油蔵内部。木製の補強ブレースが使われている。これも一種の臨機応変性の表現。