吉田 鋼市の

​第23回 石川県政記念しいのき迎賓館

 金沢では、2020年にかつての第九師団司令部庁舎と金沢偕行社の二つの建物(いずれも国の登録文化財)が国立工芸館としてオープン。さらに前の2015年には、陸軍倉庫だった3棟の煉瓦造倉庫(国の重要文化財)が、石川県立歴史博物館等になるなどして歴史的な建物が積極的に保存活用されている。これらは保存が主眼であり、石川県立歴史博物館の倉庫間の中庭にガラス張りの休憩所が設けられるなどしているが、基本的には保存である。それに対して、主要部分だけを残して、壊した部分に今日的な増築をして活用を図った例が、この「石川県政記念しいのき迎賓館」である。

この建物は、金沢城公園の南に隣接する広坂緑地にあり、80年もの間石川県庁舎であった。文字通り、石川県政を記念する建物で石川県のシンボルのような存在であった。「しいのき迎賓館」の「しいのき」は正面前方左右にある一対のスタジイの古木(「堂形のしいのき」の名で知られ、国の天然記念物となっている)に由来する。

石川県庁として建てられたのは1924年。設計は臨時議院建築局技師で大蔵技師も兼任していた矢橋賢吉(1869-1927)と石川県建築技師であった渡辺浚郎(1879-?)。いずれも東大卒で、もう一人、同じく東大卒の内務技師、笠原敏郎(1882-1969)の関与もあったとされるが、そのポストからして、実施設計の中心は渡辺浚郎ではなかったかと思われる。それまで海軍技師であった渡辺が石川県技師となるのは1923年から1924年までの2年間だけで、つまり彼はこの県庁舎を担当するために石川県技師になったと考えられるからである。施工は日本土木(現・大成建設)。

鉄筋コンクリート造3階建て。当初のプランは日の字型であったようであるが、いくどかの増築を経て、裏面にあたる北側はかなり複雑な形状となっていた模様。1996年に新県庁舎の移転が決まり、かつ2003年に新県庁舎が竣工後もこの建物の保存活用が図られ、2010年に今日の姿で開館するに至ったわけである。その際、南側の主要ブロックのみが保存され、北側には広大なガラスのファサードをもつブロックが増築されている。既存の部分の基礎には免振措置が施されている。その保存改築の設計は山下設計、施工は大成・兼六特定建設工事共同企業体。ちなみに、かなり離れた地に建てられた新しい石川県庁舎の設計も山下設計で、施工も大成が中心となった企業体である。つまり、新県庁舎建設と旧県庁舎の保存活用が一体となって行われたということであろう。

さて、この増築部と保存部がフィトしているかどうかだが、歴史的な建物に増築を加える場合は、全体的にシンプルにしつつも既存の建物に調子を合わせた既存オマージュのものにするか、既存のものに対抗的に斬新なものにするか、あるいは自己主張をせずにひたすらニュートラルもしくは無性格なものにするかといった方法が試みられるが、この場合は非常に微妙で、モダンでありながらもフレームは既存の建物に合わせるといった雰囲気になっている。よく言えば巧みで控え目、欲を言えば中途半端だが、BELCA賞などたくさんの賞を受けており、評価は高い。開館以来この建物は盛んに使われているようで、訪れた際にもレストランでは結婚披露宴が行われていた。    

保存部分の南側正面。手前の左右に一部見えるのが「堂形のしいのき」。スクラッチタイルもよく保存されている。

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西側外観。駐車場に近いので、こちら側が主入口のようになっている。正面の塔屋の手前にガラスのボックスが見える。

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北側外観。幅の広い水平のコーニスを2本設けて、既存部との調和を図っているように思われる。

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内装も一部は保存されており、この部屋は「交流サロン」として用いられている。

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増築部内部。増築部は吹抜けの部分が多い。右手前に見えるのがエレベーター。

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東側外観。右側に増築部。増築部には地下階があり、右手前のガラスのボックスはその換気口と思われる。

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西側から見た既存部と増築部の接合部。双方の間にジョイント部が見える。

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既存部の内部階段室。写真には写っていないが、踊り場にある石川県の形をした黒漆塗りのパネルも保存されている。

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内部。右側が既存部分で、左側が増築部分。双方の床に少しレベル差がある。

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増築部内部。奥にあるのは1階がカフェテリアで、2階がレストラン。