吉田 鋼市の

​第25回 百十四銀行高松支店

 明治期に順に番号を振ってつくられた153の「国立銀行」の番号をそのまま銀行名に維持しているいわゆるナンバー銀行はいまでは数例にすぎないようだが、香川県を中心として活動している百十四銀行はその数少ない例の一つ。1879年の創業地も現在の高松支店と同じ場所で、創業の本店は木造だったらしいが、この建物も1926年に第百十四銀行の本店として建てられた。1966年に数百メール西南方に新しい本店(設計は日建設計、施工は竹中工務店)が建てられた後には、現名称の高松支店となったが、それまではずっと本店であった。「高松空襲」の名で知られる米軍の過酷な空襲で多くの建物を失った高松の希少な戦前建築の例でもある。 

 現在は鉄筋コンクリート造3階建てであるが、1926年の創建時にはコンクリート造2階建てであった。3階の増築は1952年のことであるが、当初はクラシックな要素を交えたアール・デコだったものに、よりシンプルなアール・デコが加えられて、増築とはにわかにはわからないようなアール・デコのアマルガムとなっている。もっとも、表面に張られた石張りとも見えるタイルの色が3階は少し違うので、言われてみればなんとなくわかる。たしかに、3階のタイルの色調がやや単調なのに対して、2階以下のタイルは石張りとも見える微妙で多様な色合いを示している。また、1階下部の腰3段分、開口部周りなど要所には実際に石が使われている。

 創建時の設計・施工とも清水組。増築時も同じく清水建設だと思われるが、2013年に完了した耐震補強を含むリニューアル工事は清水建設である。ほぼ同時期の1927年に建てられた、同じく清水組設計・施工の百十四銀行丸亀支店は、閉店の後の2007年に、丸亀商工会議所の協力を得て、百十四銀行に因む名の「スペース114」という多目的ホールとして使われるようになったが、2016年末にはその「スペース114」も閉業し、一帯の再開発のため取り壊された。高松支店がいまも現役としてあるのは、これが長い間本店であったが故であろうが、周辺の商店街の努力も与っているかもしれない。このあたり一帯の商店街は、日本一ともいう長く高いアーケードで名高いが、アーケードは縦横に行き交い、交差部にはドームをかけ、そしてその建設には多くの建築家・アーティストが関わっているようだ。現に、この高松支店の前のアーケード(デザインは上海出身の建築家・構造家徐光)は2011年につくられたものであるが、非常に斬新な支柱によって支えられている。逆に、この高松支店の写真を撮る際にどうしても支柱が入ってしまい悩ましいところでもある。アーケード自体は高松支店を覆うようにはなっておらず、歴史的な建物への一応の配慮はされているようではある。このユニークな支柱ともども楽しむべきかもしれない。

 さて、その高松支店のリニューアルであるが、概ね外部は保存、内部は復元的に行われたという。外部の細かなところも、内装もよく保存復元されているように見え、銀行建築の改変が盛んな今日、たいへんありがたい存在である。ただ、正面主入り口の改造だけが、もう少しなんとかならなかったのかなというのが正直な感想である。 

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外観。角地にあって二面のファサードをもつ。左に2本写っているのが、アーケードの支柱。下の方が細くなっている。

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外観細部。柱頭の装飾はクラッシクとアール・デコの合体したもので、スパンドレルの装飾は典型的なアール・デコ。

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外観細部。側面入り口の庇の持送り。よく保存されている。

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内部。木材を積極的に使っている。

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天井の持送りと2階の壁に装飾が見られる。手前の縦線は2階のギャラリーの手摺り。

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側面の外観。いちばん奥の部分が豊かに造形されているが、この部分は当初から3階建てだったらしい。

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外観細部。正面の脇入り口。やはり、スパンドレルに装飾が施されている。

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正面主入り口。背後の建物とは脈絡がない。庇の支柱といい、壁といい、入り口左右の赤い柱といい、なんとなくバラバラ。

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内部。腰壁とか家具類も木材で、色調が統一されている。

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1階奥のコーナー。この建物の歴史が展示されている。