吉田 鋼市

​第2回 白井屋ホテル

 群馬県前橋市にあるホテルである。SHIROIYA HOTELとも記す。1970年代に建てられた老舗のホテルの建物の外観と骨組みを残して改築し、あわせて背後に新しい施設を増築したものである。老舗のホテルの名も同様なホテル白井屋。さらに前の名は白井屋旅館で、これは江戸時代から続く長い歴史をもつ旅館だったという。それが2008年に閉鎖され、売却されることになったが、買ったのがジンズの創業者田中仁氏。田中氏は前橋の出身で、2013年に群馬県の企業家育成のための田中仁財団を創立。同時に前橋の街づくりにも関わり、自ら発起人となり地元の実業家を集めて「太陽の会」を設立。その会の最初の事業が岡本太郎の「太陽の鐘」を利根川の支流広瀬川の川畔に移設することだった。その移設の完成が2018年で、移設地の周辺整備の設計を担当したのが藤本壮介建築設計事務所。この白井屋ホテルの設計も同事務所で、設計開始が2014年、完成が2020年12月。施工は地元群馬県高崎市の冬木工業。このホテルの事業は、田中氏の一連の前橋活性化活動を背景にして初めて理解することができるもので、それでその事情をかいつまんで記した。

 1970年代に建てられたという前のホテルの建物についてはほとんど触れられておらず、設計・施工関係者についても不詳。つまり、このホテルは建物そのものの建築史的価値に基づいて保存活用が行われたのではない。そこが、通常の歴史的な建物の保存活用とは異なる。おそらく事業者は、この市の一等地が単なる居住施設になることを避けたかったのであろうし、生産的で人々が集える場所にしたかったのであろう。あるいは、このホテルのくせのないシンプルなファサードがおよそ半世紀の年月を経て人々の記憶に刻まれていたことを尊んだのかもしれない。いっそすっかり建て替えて、目を引く新しいホテルにする手もあったであろうが、建築家と事業者は既存の建物の記憶の継続性を選んだ。伝えられたものは、景観か、由緒ある宿泊施設の名前か、あるいは前橋の商業活動の歴史の一端か。ともあれ、このホテルは単純なスクラップ・アンド・ビルド時代には考えられもしない事業である。

 その改造ぶりであるが、先述のようにこの階建ての建物はファサードと背後の部分と骨格を残して改築されている。もっとも、前のホテルの茶室は保存されているらしい。ファサード背後の部分は、柱梁だけの4階分吹き抜けの空間となっていて圧巻。いわゆる坪効率からすれば、考えられない処理であるが、ここは宿泊者以外でも入れるラウンジになっていて、入れ代わり立ち代わり人の出入りがある。ホテルのフロントはかなり奥になっていて、この吹き抜けは人々の自由に集える空間となっている。吹き抜けを縦横に走る細いパイプがあって、なんだろうと思って見ていたら発光するパイプだという。これもアーティストの作品だといい、このホテルにはほかにも多くのアーティストの仕事の協働が見られる。ちなみにファサードに付けられている1枚だけがずれて斜めになっている看板のような4枚のサインもそう。それに、この吹き抜けの空間をはじめ、このホテルには植物が溢れていてジャングルのような雰囲気をもっている。背後の新築棟は既存のものとは異なりメルヘンチックだが、そこにも緑は溢れていて、少しラコリーナ近江八幡(藤森照信氏設計)を思わせもする。正面とは反対側の道路側にはパン屋などの店が入っていて、正面とこの通りを自由に通り抜けできるようになっている。

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正面側外観。4枚の看板のようなサインは ローレンス・ウィナーの作品という。たしかにうらぶれたような雰囲気もあって時間を感じさせる。

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通り抜けを経て背後の新築部分を望む。緑に溢れている。

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背後の道路から見た外観。1階部分には商店が入っていてにぎわっている。

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吹き抜けの部分。新たに階段が設けられている。左に見えるピンク色のパイプはレアンドロ・エルリッヒの作品だという。時間と共に発光の色が変わるらしい。

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吹き抜け部分の柱梁。背後のレース狀の垂れ飾りは、安東陽子の作品。

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背後側の外観。吹き抜けの部分以外は保存活用されているようだ。

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新築部分。中央に客室の入り口が見える。壁面はやはり緑。

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4階分吹き抜けに至る部分。手前にホテルのフロントがある。

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吹き抜けの部分。後ろの壁につけられている作品は白川昌生のもの。

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吹き抜けの柱に残された落書きのようなもの。リアルさを感じさせる。