top of page

吉田 鋼市

​第5回 製粉ミュージアム

(画像をクリックすると拡大画像がポップアップで表示されます)

 日本の製粉業の最大手、日清製粉グループが、その発祥の地の群馬県館林市に設けたミュージアムである。このミュージアムは2012年のオープンであるが、その本館は1910年に建てられた木造のかつての工場事務棟を保存活用したものであり、その前面に鉄筋コンリート造の新館を設けたものである。日清製粉は1900年に館林製粉として発足したが、その場所はこのミュージアムのある栄町より少し北の代官町であった。その10年後の1910年に、ミュージアムのある現在地に引っ越したのだが、現在地は東武伊勢崎線館林駅の駅前である。ちなみに東武鉄道の伊勢崎線は1899年に久喜まで通っていたが、館林まで来るのが1907年である。そして、ミュージアム本館となったかつての工場事務棟は、1900年創業時の工場本館の部材を用いて建てられたとされており、本館の創建は1910年であるけれども、その部材は1900年まで遡ることになる。

 ミュージアム本館は、木造2階建て下見板張り。屋根は瓦葺きで、寄棟の上に越屋根のようなものを重ね、マンサード屋根風にしている。全体として基本的には洋風ではあるが、屋根をはじめなんとなく和風の雰囲気も漂う。その設計・施工は不詳。館林製粉の名前は1908年に日清製粉と変わっているが、この建物はずっと工場事務棟としてあり続け、創業70周年記念の1970年、改装されて製粉記念館となった。そして創業110年を記念して2012年に製粉ミュージアム本館となったわけである。なお、ミュージアムの隣地は、いまも変わらず日清製粉の工場であるが、ミュージアム建設と変更してほとんどの施設が建て替えられたとされる。ただし、木造の倉庫が部分的に残されているともされる。また、2001年に会社の名前が日清製粉グループになり、この工場も同グループを構成する一つの会社である日清フーズとなり、さらに2022年に日清製粉ウェルナと名前が変わり、その舘林工場となった。「ウェルナWelna」とは”wellness by nutrition from nature”(自然の恵みによるよき健康)の頭文字をとったものという。なお、本館と新館の間に日本庭園が広がっているが、これも当初からの庭園を拡充整備したものという。

 本館を保存改修し、新館を建てたのが、設計・施工とも清水建設。本館は免振装置がなされたという。そのため、15メートルほど曳家をして当初の基礎部分に免振レトロフィット装置を施し、再び曳家してもとの位置に戻したという。それにより、煉瓦造の基礎も保存されたという。免震装置以外にも小屋組や壁の一部に補強がしているとされるが、外観上はわからない。最も目立つのがエレベーター棟の増築で、これは本館の外壁の外に設けられている。内部も復元的に保存改修されており、二階の床の構造と1階の天井の上部が見えるような展示ケースも設けられている。また、天井の換気口の細かな装飾もきちんと残されている。新館の方は、もちろんこちらのほうが製粉ミュージアムとしてはメインの展示室ではあるが、あまり強い自己主張をしないニュートラルなデザインとなっており、本館への導入空間のようなものとなっている。なお、このミュージアムは2012年にBELCA賞、2013年にグッドデザイン賞を受賞している。

1.JPG

庭園側からの本館の外観。右側にエレベーターが増築されている。新館は左の方にある。

2.JPG

新館から本館へのアプローチの部分。当初から、こちら側が玄関だったものと思われる。

3.JPG

本館の玄関ポーチ。破風飾り(バージボード)や、庇の屋根の上の飾りもなんとなく和風の感じがする。

5.JPG

新館。平屋のように見えるが、後ろの部分のレベルが下がっていて、実際は3階建て。

7.JPG

本館の内部。階段の親柱。

9.JPG

同じく、天井の隅の換気口。なまめかしい花模様。

4.JPG

本館の庇の下の持送り。これもまた独特の意匠で、和洋折衷か。

6.JPG

本館の内部。天井の中心飾りもよく保存されている。

8.JPG

本館の内部。天井周囲の換気口。これもまた独特の形をしている。

10.JPG

本館2階の床に設けられた展示ケース。2階の床の構造と1階の天井の上部が見られる。

bottom of page