吉田 鋼市
第21回 山町ヴァレー
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富山県高岡市にはいわゆる伝建地区が三つもある。その中で最初の2000年に選定されたのが山町筋伝統的建造物群保存地区で、そこには山町筋(やまちょうすじ)と呼ばれる600メートルにもおよぶ長い通り沿いに、主として土蔵造りで建てられた伝統的な建造物がたくさん残されている。「山町」というのは町名ではなく、高岡御車山祭の山車を出す合計10の町の総称。その山町筋の中央に近い所にこの山町ヴァレーはある。
木造3階建て。主要部分は洋風で、土蔵造りが多い中ではやや異色。1929年の建物とされるが、それは主要部を洋風にした際のことで、それ以前の大正期の蔵や建物も残っているという。設計・施工とも清水組とされる。山町筋にはもう一つの洋風の建物、高岡共立銀行として1914年に建てられた煉瓦造の建物があり、2019年まで富山銀行本店として用いられていたが、本店の移転に伴い、建物は高岡市に譲渡されて、市は活用法を検討中という。
さて、山町ヴァレーも2010年に空き家となったが、それまでは谷道文具店であった。名前の「ヴァレー」は谷道の「谷」に因み、同時にサンフランシスコ近くの「シリコンバレー」の成功と活気にあやかりたいとの思いもこめられているという。
空き家となってから活用の方法が模索されたが、第三セクターの不動産会社がこの土地を借り受け、建物を購入し、その企画・運用をあらたに設けられた「町衆高岡」という会社組織に委託することになったという。この洋風の建物の周囲には中庭を挟んで八つの蔵が配されているが、それぞれの蔵に様々なテナントが入っている。食堂もあれば飲み屋に近い飲食店もあり、台湾茶の喫茶店もある。ランニングのためのシューズやウェアを置いている店、あるいは伝統的な高岡銅器を継承した創作的な工房の展示・販売している店もある。それぞれユニークであるが、タイ古式マッサージの店もあって、しゃっちょこばらずなかなか肩がこらない店ぞろいである。
山町ヴァレーとしてのオープンは2017年。実は、高岡訪問の当初の目的は、都心から少しはずれたところにあるかつての味噌蔵をレストランにしたものを見ることだった。なるほどそこは随所に力の入ったデザインが見られたのだが、いかにもというのが少し気になった。それに反して、この山町ヴァレーは改造がことさらではなく自然に行われているようで、しかも改造部分が非常に少ない。もちろん、なにも手を加えていないわけではなく、現に訪問時にも一つの蔵で小さな工事が行われていた。時宜に応じて少しずつ変えていくということであろう。
その改修の設計を担当したのが、地元の建築家大菅洋介氏。施工も大菅氏だとされるが、彼の差配の下に地元の大工さんたちが工事を行ったのであろうか。それぞれの蔵の改修には、テナントの要望もあるだろうから、蔵によって少しずつ違う。実際、二つ目の蔵「弐ノ蔵」に入っている「クラフタン」という飲食店の家具調度は、やはり地元の羽田純というデザイナーが関わっているらしく、いわば大菅・羽田両氏のコラボレーションによるものということになるだろうか。このお店は、店名が示すように職人技・手作りに思い入れが強いようだが、それはこの山町ヴァレー全体にもいえることであろう。
道路側全体外観。「山町ヴァレー」の表示も小さい。右側に見えるのが「壱ノ蔵」
中庭の背後の蔵で、右から順に「八ノ蔵」「七ノ蔵」「六ノ蔵」。
玄関入り口。ホールの土間はタイル敷き。
玄関のホール部分。受付部分が付け加えられただけのように見える。
「弐ノ蔵」に陣取る「クラフタン」の内部。昆布を使った料理を提供しており、うねるカウンターは昆布の表現という。
道路側外観。洋風部分の左隅にあるのが「弐ノ蔵」
外観細部。タイルも部分的に取り換えられているが、おおむねよく保存されている。
洋風部分の中央に位置する内部で、いまは「コンシェルジュ」と称するオフィス部分。
中庭奥の蔵部分の前面の通路。
「八ノ蔵」に陣取る「モメンタムファクトリー・Orii 」。銅器のオリジナルクラフトを展示・販売するギャラリーである。