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吉田 鋼市

​第22回 むさしのエコreゾート

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 東京都武蔵野市のゴミ処理施設「武蔵野クリーンセンター」は、市役所の北の隣地にある。周囲にも緑が溢れており、そこに嫌われがちなゴミ処理施設があるとはとうてい思えない。いまの施設は2017年に新しく建て直されものだが、そのファサードもすべて、木材にも見えるテラコッタルーバーで覆われていて、たしかにかつてそこにあったという雑木林のイメージが再現されているようにも見える。時に美術館のようだと評されるのもむべなるかなである。

 現在の主要施設が建つ場所はかつては緑地であったが、その西方には1984年に建てられた先代のゴミ処理場があった。それ以前は、武蔵野市は三鷹市にあるゴミ処理施設の共同運用に頼っていたのであり、ゴミの公害が問題とされた際には、武蔵野のゴミのボイコット運動も起こったという。つまり、1984年の施設は、責を果たす自立的な施設の誕生でもあった。それもあったか、この施設の建て替えの際に、以前の施設の西端部をリノベーションして、市民が環境問題を学べる環境啓発施設としたのである。それが、この「むさしのエコreゾート」(Musashino eco resort)と名づけられた施設で、その開館は2020年。

 1984年というそれほど古いわけではない建物のリノベーションであるから、評価の高いいわゆる歴史的な建物の保存活用というのではないかもしれない。しかし、既存の施設を一掃しないで変化の跡をとどめることは社会にとって重要な営為であり、残された建物は、市にとっていわば苦闘の歴史でもあったゴミ処理施設の実際を示す生きたサンプルでもあり、環境問題の歴史を考える際のアクチュアルな場ともなっている。それに、先代の建物といまの建物との間の30数年の時間の流れは、建築的にも微妙ではあるがたしかに感じ取られるのである。

 1984年の創建時の設計・施工は大成建設。鉄骨鉄筋コンクリート造の3階建てであったが、リノベーションで3階が撤去されて2階建てになり、トップライトにされている。それ以外はよく保存されていて、ここがゴミ処理施設であったことが一目でわかる。処理室の時計も、搬入用車両のためのミラーも、注意を促す掲示サインもそのまま残されている。その広い処理室は「ものづくり工房」や「フリースペース」となっており、その他は事務室、アーカイブ、スタディルーム、サポータールームなどとなっている。内装もあまり手が加えられておらず、今日風のスマートなサイン表示が加えられているだけである。そのリノベーションの基本計画は武蔵野市、設計デザイン監修が水谷俊博建築設計事務所、実施設計が相和技術研究所、施工が立花建設とされている。

 保存部分の西側のファサードは、4年前に建てられた市役所に合わせたか、タイル張りで、もともとからこの施設はゴミ処理場とは見えないたたずまいであった。しかし、東側は剥き出しのコンクリートで、かつては内側の空間であった。現在、その前面の芝地の下にはゴミを収納するピットがあったものと思われる。いまは、そのブルータルなコンクリートが新設されたコンクリートの新棟と呼応して、存在感を発揮している。新旧の共存があってのみ生ずる時を隔てた合唱であろう。

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東側の外観。もともとは裏側。芝地の下にはかつてゴミを収集するピットがあった。

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東側外観詳細。かつてのゴミの投入口と思われる。

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かつての処理室。上部は撤去されてトップライトにされている。

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内部詳細。「mirror」と表示されているのが、搬入トラック用の凸面鏡。

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新設された階数表示。

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東側外観の中央部。出入り口と窓が新設されている。

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西側外観。本来の出入り口。

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同部分。「焼却2」と書かれているのが、投入口の内側。

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内部詳細。「clock」と表示されているのが当初の時計。4時4分はたまたまか。

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2階から少し上の踊り場にある不思議な空間。ここでなにかを考えようということか。

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