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吉田 鋼市

​第25回 はじまりの美術館

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 福島県耶麻郡猪苗代町に残された古い酒蔵を美術館にしたものである。2014年の開館。郡山に本拠を置く社会福祉法人安積愛育園の運営する施設である故に、通常の美術館でもあるが、知的障碍者・精神障碍者とアートの関わり、人間とアートとの根元的な関係、つまりはアートの「はじまり」を問う場でもある。あるいは、この美術館をアート的な活動のスタート地点にして欲しいという願いもあるかもしれない。美術館のパンフレットにも「表現を楽しむ、つながりの場」とあり、前面の広場では時にイベントが行われ、館内では毎月「寄り合い」が実施されているという。展示品もいわゆる「アール・ブリュット」を主としており、館内には誰もが自由に描けるボードも用意されている。

 同じく美術館のパンフレットに「建築は無有建築工房、コミュニティデザインはstudio-Lと協働し、日本財団の『New Day基金』事業の一環として整備」と記されているから、竹原義二氏の無有建築工房が保存活用の設計を担当し、山崎亮氏のstudio-Lが企画実践に関わったことがわかる。施工は、福島県須賀川市にあり根本一久氏が会長を務める快適古民家再生協会で、根本氏をはじめとする地元の大工が行ったという。

 もとの酒蔵の創建年は1885年とされ、酒造業を営む塩谷家の酒蔵だったという。創建当時の設計・施工は不詳。木造2階建ての長い蔵で、18間もあるその長さ故に「十八間蔵」とも呼ばれていた。酒蔵でなくなってからもダンスホールや縫製工場として使われたという。会津若松・猪苗代は全国有数の日本酒の産地として知られるが、猪苗代にもかつてはいくつも酒蔵があったらしい。ついでながら、この「はじまりの美術館」のすぐそばにも古い酒蔵をギャラリーにしたものがある。1889年創建の酒蔵を「猪苗代のギャラリー」と名付けて展示場にしたもので、ほぼ同じ時期の2013年のオープン。その設計は柴崎恭秀会津大学短期大学部教授で施工は会津土建株式会社。ただし、このギャラリーはいつも開いているわけではなく、どちらかと言えば私的なギャラリーらしい。

 さて、その改修ぶりであるが、地元の大工によって施工が行われたと記されている通り、伝統的な構法が踏襲されている。外壁も腰が横羽目板張り、上部は塗り壁で、もとと同じ。ただし、塗り壁は白色ではなくベージュ色の壁(「そとん壁」というらしい)となっている。鉄骨材による補強もほとんど見られない。もともとの材料もたくさん使われており、接ぎ木の手法も見られる。独立した展示室を設けるためにコンクリートブロックによる新たな壁が設けられているが、隅の処理が巧妙でこれもあまり違和感がない。一部に大きな窓が新設されているが、これは展示室を明るくするために必要であろうし、入り口には重厚にすぎるかもしれない鉄板の仕切りが設けられているが、これも入り口のインパクトとして必要かもしれない。なによりも、床が木レンガ敷きにされたり、手斧ではつったような仕上げにされたり、柱のもとの礎石が見られるなど、細かな配慮によるディテールが見られ、ハッとすることしばしばである。つまりは、この美術館自体が「アール・ブリュット」だということかもしれない。

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全体の外観。側面に大きな開口部が設けられている。

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外壁。上部は塗り壁で、腰は横板張り。塗り壁に設けられた窓は新設のものと思われる。

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内部。主たる構造材はおおむね旧材。左側にコンクリートブロックの壁を新設。

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2階に上がる階段で、これは新設。

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はしらの下にはもとの礎石が見られる。

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入り口部分の鉄板の仕切り。ただし、その内側は木製の出入り口。

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外壁。大きな窓が新設されている。

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ここに見られる木材はすべて旧材。

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展示室。左の床は木レンガ敷きで、右側は手斧はつりのような仕上げ。

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小屋組み。垂木と野地板以外は旧材が使われている。

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