吉田 鋼市
第26回 泉佐野市文化財保護課
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関西国際空港の対岸に位置する大阪府泉佐野市は、戦災にあわなかったこともあって、歴史的な街区をも擁しており、「さの町場」とも呼ばれるその市街地には、古い建物が多く残されている。そして、そうした歴史的な建物の資産を保存活用しようとする市や市民の活動もいくつか盛んに行われているようである。
その泉佐野市の文化財保護課の住所は、2022年11月から「泉佐野市元町4-5 旧朝日湯内」である。「朝日湯」というのは銭湯のことで、かつての銭湯に市役所の一つの課が事務所を置いているということになる。現役の銭湯が国の登録文化財になっている例はいくつもあるし、もとの古い銭湯を飲食店などにリフォームしている例もいくつか知られているが、銭湯の中に自治体の事務所を置いている例はきわめて珍しい。しかもほとんど改造をせずに銭湯のたたずまいを残したままである。
活発なふるさと納税活動でも話題となっている泉佐野市であるが、この文化財保護課の移転も快挙ともいうべきビッグニュースである。泉佐野市文化財保護課はこのもとの銭湯を購入したわけではなく、賃借して使っているようであるが、実は近くのもう一つのやはりもとの銭湯「大将軍湯」の所有者でもある。旧「大将軍湯」の活用法については検討中とのことであるが、いずれにしても、文化財保護課の旧銭湯への移転は、歴史的な建物の保存と活用を図ろうとする市と市民の活動の端的な現われではあるだろう。
朝日湯は明治期から営業していたらしいが、現在の木造建物の主たる部分は大正後期から昭和初期に建てられたとされている。設計・施工も不詳。1995年の阪神淡路大震災以降は閉業していたという。これの改修の設計は東京のらいおん建築事務所で、その主宰者の嶋田洋平氏はこの設計以前から泉佐野市の中心市街地を活性化せんとする活動に関わられていた。その活動を担った団体の一つが「バリュー・リノベーションズ・さの」で、それは現在、一般社団法人化され、嶋田氏はその代表理事でもある。そしてリノベーションの施工は大阪市の昭和工務店で、その竣工が文化財課の移転の前の2022年10月。
旧朝日湯は、奥行こそ深いが、玄関に豪華な唐破風があるわけでもなく、一見すると住宅のような外観である。これは、先述の「大将軍湯」についてもいえ、こちらは小さな唐破風が付けられているものの全体的にはやはり地味。つまり銭湯が住宅街に溶け込んでいたということであろう。
さて、そのリノベーションぶりであるが、簡単に言うと、銭湯のまま使っているともいえる。ただ浴槽に湯がないだけである。文化財課は入り口の右側のかつての男湯側に陣取っているが、いずれシェアオフィスとしても貸し出す予定だとされいまは使われていないかつての女湯側は銭湯として修理されたともいえ、ほぼ銭湯のままである。番台も下足箱もそのままである。さらには、浴槽の背後の壁の絵はあらたに描き直されたといい、むしろ積極的に銭湯たらんとしている。応接スペースもかつて浴客が休んだ場所である。ただし、男湯の洗い場には高い床が張られ、職員から脱衣場も入り口もよく見えるようになっている。
外観。後方に二つの棟が見えるが、右が男湯棟、左が女湯棟。
出入り口。さすがに、暖簾だけは泉佐野市のもの。少し見えにくいが、ドアのガラスに泉佐野市文化財保護課の文字が記されている。
かつての番台。後方に低い間仕切り壁が付加されている。
かつての男湯。天井はヴォールト状。後方の絵はあらたに描き加えられたもの。
女湯の浴槽まわりの洗い場。
玄関。「朝日湯」の看板はそのままで、文化財保護課の表示はない。
脱衣場上部。
下足箱もそのまま。その手前が応接スペース。
かつての女湯。浴槽にぬいぐるみが置かれている。
洗い場の鏡。職員の後ろ姿が映っている。